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 中国養生法の歩み
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健康運動指導士 杉山 忠弘
スポーツプログラマー1種 杉山 洋子

≪養生法の背景≫
すでに紀元前2600年頃、どんなものか不明だが、医療体操・導引の一種で”康復”という養生術が説かれていた。
 人類は誕生とともに「生きる」ことが最大の仕事であったから、すべての知恵を集めて病気を予防し、元気で長く生きる方法を模索しつづけてきた。
 人口が増え、財産が出来ると闘いが始まり死傷者が身近に出る。そこから人体についての科学的思考が芽生え、それが養生法の開発へと自然に流れて行った。
 生死についての疑問も生じ、社会の平和、統治の問題もまた大きな課題となり、そこから儒教や道教などの考えが生まれた。
 中国の思想は根源的に「気」「経絡」の観念を背景にしており、儒教では「気」を洗練して「仁」の域に高め、それで世を正し民を救おうとし、道教では体内に満ちている「気」を意識的に動かし、外の「気」との合一を求めて、他人でなく、自分のために役立てようとし、民族性とも云える現世利益(福・禄・壽)を追求している。

≪道家、儒家の思想≫
 中国の三賢人の一人である荘子(BC370〜300)は、「気」を思想の中核に据えた思想家であり、人間を五つの類型、すなわち
 (1) 山谷の士(世をそしる人)
 (2) 平世の士(教え諭す人)
 (3) 朝廷の士(主に使え国を強くする人)
 (4) 江海の士(世を避ける人)
 (5) 導引の士(身体を養う人)
に分け、これらはいずれも作為的意識的な人間として否定し、怙淡寂莫・虚無無為の境地にいる人こそ、理想的な生き方であるとした。
 しかし、養神こそ理想とした荘子も養形的な養生法が超越者に達する術として取り入れているところをみると、当時の神仙家の養生法が広く行われていることを示唆している。
 病気は臓器の「気」が、虚実(過不足)の時に生じるので、不老長生術・神仙思想では「気」の調和を保つこと、虚実のバランスを維持(これを「平」という)することが大切であるとし、「気」を自由自在に動かす修練をして、怙淡寂莫・虚無無為の境地に達すれば、真人(神人)などの超越者になり得ると考えた。
 具体的方法として、養神(精神修養)については”内観存思”といって、瞑想して精神集中をはかり自分と宇宙を「気」を媒介して一つにすることや”内丹”といって、唐代・五代(十世紀中盤)以降に盛んになった体内に金丹(意識を集中して病気を治療する術で、現代の気功に似ている)を錬成するものがある。
 養形(身体鍛錬)については、次の方法が行われた。
 導引(気功につながる健康体操)
 行気(内気を意識的に巡らせる法と外気を取り込み体内を循環させる法があり、前者は気功の意守丹田法に似ており、後者は荘子の吐故納新が有名である)
 調息(細い呼吸で取り入れた「気」を体内に巡らす法)
 房中(セックスの際、精気をもらさず脳中(上丹田)に環上させる法)
 辟殻(腸内のカス予防のため、米・麦・トウモロコシ・栗・豆を食べない)
 服薬(薬草だけでなく、石薬を飲む)
 按摩(マッサージ)

    心身のバランスがよく保たれた理想的な人間、つまりあるべき為政者像は、自分の身体を忘れ、感官の働きを消し、知恵をなくし、大通、すなわち万物と一体の境地に到達(究極のリラクセーション反応)した人である、と荘子は考えた。
 また儒家である孟子や筍子も、為政者は動植物と同じ「気」を共有した状態では民を納められないので、「気」をコントロールして暴発させないよう修練することで、徳性にまで高めることを求めている。
 4〜5世紀の書物「少有経」には、真人に達する方法として、次の「十二少十二多」の考えが述べられている。
 少思、少念、少欲、少事、少語、少笑、少愁、少楽、少喜、少怒、少好、少悪、
 このような思想家の影響を受け、立派な為政者たるものは「気」をコントロールする術を学ぶ必要が生じ、いろいろな時代を経るに従い、次第にそれらの技術が精錬され、養生法として定着してきた。

≪養生法の変遷≫
 漢の高祖劉邦の参謀・張良が引退し、仙人になろうと導引で減量を始めたら、劉邦の死後に糟糠の妻呂后が心配して強制的に食事させたと史記に出ているから、この時代に既に養生術が行われていた。
 後漢末に、安徽省の外科手術の名医で全身麻酔を実施したと後漢書に記載されている華陀が、医療体操の倫理と実践の基礎に立ち、生理と医学的理論で健康のための医療体操「五禽の戯」(虎、鹿、熊、猿、鳥)を作り、不快の時に一禽の戯を行えば、汗が出て身体が軽くなり、食欲が出るといわれ、運動量が大きく、健身と医療作用を兼ねた体操で、これが医療体操の発展の推進力になった。
 527年にインドから達磨が渡航し、嵩山少林寺で修行をし中国禅宗の祖となったが、この際、修業僧の体力、気力を向上させるため、易筋経(筋肉の練成)、易骨経(骨の練成)、洗隋経(心の修練)、羅漢十八手(これが後の少林寺)を創った。
 陳搏の導引術は、暦の二十四節気に合わせ、座って膝を按摩し、身体を廻し、首を廻したりするもので、終わった時に歯をたたき、うがいし、深呼吸するというものである。
 蒲処の養生術は、自らの病気治療から考え、手足を伸ばし、両肘を弓を射るよう左右に、両手で石をたたくように、さらに天を突いたり、腕を前後左右に、頭を左右に動かし、腰を前後左右に曲げ、さらに両腕を交互にこすり、掌や顔面を熱くなるまで摩擦するというものである。
 北宋時代(960〜1126)には医療体操は発展し”八段錦”が生まれた。
 1773年に曹庭棟は養生法『老老恒言』を書き、この中に八段錦、華陀の五禽戯、婆羅門十二法、インドの按摩法を含む導引法十二勢を納めた。これは臥式五勢、立式五勢、坐式十勢からなり、これまでの導引が八段錦は坐式、易筋経十二勢は立式と一つの姿勢で行っていたのを、種々の姿勢で行うようにしたのが特徴である。
 明から清の時代(1368〜1912)にかけて、武術は軍事技術から養生術に分化し、理論的にも方法的にも体系づけられ、今日に至っている。

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