日本は私にとって、もともと遠い国ではありませんでした。祖父母が日本語教育を受けていたため、小さい頃から家中に日本語が飛び交うことは珍しいことではありませんでした。祖父母の部屋に夏目漱石などといった文学者達の作品は今でもずらりと本棚に並べてあります。その本の多くは、今は私が読んでいます。また祖父母達が日本語や台湾語を交互に使い話してるのをみてとても面白いと思っていました。ひょっとして日本語の時は内緒話でもしているのではないかと思っていました。
テレビっ子だった私は、その時に流行っていた日本の番組のビデオを毎日のように見て、レンタルビデオ屋さんにも毎日のように通っていました。その時の私はもちろん日本語はわかりませんでしたが、見るたびに一人でゲラゲラ笑っていたそうです。その中に一番好きだった番組はもちろんドラえもんでした。ドラえもんが持っているタケコプターやドコでもドアと云った道具はどれでも理想でした。その他の番組では“八時だよ・全員集合”も大好きでした。アイクンを真似していたことも覚えていて、その時の私しか出来ない“芸”でした。祖父母の影響やテレビの影響を受けて居たからなのか、日本は幼かった私にはとっても楽しい国でした。 |
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そして、小学校に上がってから海外観光が解禁され、私も何回か親に連れられて日本に遊びに来たことがあります。印象が深かったのはもちろん初めての時でした。日本ツアーが決まった日から、毎日ワクワクしていてカウントダウンをやっていた程待ち遠しかったものです。日本に来て、デパートのショーウインドに飾られていた玩具のどれも欲しくてねだっていたことも覚えています。そして一番ビックリしたことは電車がホームに滑り込み、停止する時でした。何故かと云うと電車がホームに描いてあるドアのラインにピタッと止まったのを見るのが初めてだったからです。不思議で“すごい、すごい”と駅のホームではしゃいでいました。今思い出すと恥ずかしいくらいです。
そして日本ツアーの目玉は勿論オープンして間もないディズニーランドでした。ミッキーやドナルドが居て、素敵なパレードがあって。その時の感動は大人になっても忘れられずにいました。
そして今度は、私が喜びを与えたいと思い、今はディズニーランドで土日キャストとして働いています。 |