| 第2回 ジュロン・コネクション(ニューロングとの出会い) |
お客様のニーズをネットワークでつなぎ、世界へ。この当社のテーマには、人と人が出会う時がありました。 ORIENTAL BULK TERMINAL PTE LTD |
OBT(ORIENTAL BULK TERMINAL PTE LTD)は1980年夏、正式契約となり工事は着工した。包装設備は計量機、袋口縫いミシンコンベアをニューロング・シンガポールが納入した。 この倉庫はオープン方式で中間に柱がない。バルク肥料を運ぶベルトコンベヤーを天井近くに設置する為、その重量をどう支えるかに清水建設は苦労した。またシンガポールは特殊な地形で、床を支えるパイルを打ち込む時、岩盤で止まるかと思うと、その下に抜けて沈んでいってしまう。従って、どの深さまでパイルを打ち込んだら良いかわからなかった。肥料を扱う上でも、床からの湿気は禁物。グリ石をいれてシートをかけてからその上にアスファルトを敷く等の苦心をしたようだ。
倉庫のタイプも、完全密閉型にするか外気開放型にするか考慮の末、外気開放型を採用。他社の倉庫は完全密閉型のものもあったが、コストがかかりすぎる上、この方式では壁に結露する。湿度の高いシンガポールの気候を考えると、逆に通風の良い外気開放型が良いと判断した。 約1年で倉庫は完成し、起工式の運びとなった。しかし、起工式の前日、思わぬハプニングが起きた。雷が屋根を直撃、スレート板の屋根に穴を開けた。何とか修理して、起工式に間に合わせたが、通常の避雷針は役に立たない事がわかり、すぐ付け替えた。シンガポールは熱帯性気候でスコールや雷が多い。 雨には、その後も悩まされた。外気開放型倉庫は、雨が降るたび出入り口にシートを垂らし防水の処理をしなければならない。肥料を扱うことは湿気との戦い。湿気と肥料成分で鉄は容易に腐食するので、倉庫鉄骨柱の塗料についても選定に悩まされた。 さて、倉庫が確保できると、今度は事務所設備である。倉庫の一区画に事務所を確保し、女性事務員を雇った。この女性はもと東京海上火災にいた人で、日本語が話せた。事務一般の切り盛りをしてくれた。労働環境も大事なので、事務所に食堂をつくり、やはり人の紹介で料理を作ってくれる女性に来てもらった。この食堂の食事は大変評判となり、ニューロング・シンガポールの木下代表もこの食堂で昼食を取りながら、OBTの様々なニーズに耳を傾けてくれた。この食堂が商談の場にもなった。こうした人と人との交流が企業の発展を生む要素となる。特に限られた人数で現地に来ている日本人駐在員の情報源でもある。
そんな中、事件が起きた。OBTが鳩に襲われた。と言っても、ヒッチコック映画の「鳥」に出てくる状況ではない。鳩が飛んで来て、肥料の上に糞を落としていくのだ。付近にバードパークという大きな野鳥の公園があり、そこから飛来する鳩の糞害だ。これには大変困った。宮本テクニカルディレクターが名案を思いついた。風船に目玉を描いて、それを上げて鳩を追い払おうという案だった。 このように肥料ターミナルを維持していくのは以外に苦労が多く、それなりの設備を考案しなげればならない。肥料はバルクで保管しておくと、湿気で表面が固結するので、この固結した肥料を正常に戻すために特別な処理が必要だった。 当時、ターミナル方式はブームだった。いきなり肥料工場を作るのは、リスクがありすぎる。ターミナル方式ならリスクを回避して国際動向にも順応できる。先ずは袋詰め、そして採算ベースに乗ればミキシングまでを行う。それが当初の計画だった。しかし、残念ながらミキシングまでには至らなかった。
さて、ターミナル方式は、なぜシンガポールのジュロン港なのか?それは立地条件にあった。当時中国でやる事も検討したが、中国では人件費そのものは安いが、外国籍企業には様々な手かせ、足かせがあり、トータルコストはかえって高くついた。香港も考えてみたが、肝心のバルクターミナルがない。マレーシアは海峡国家であり、当時は港もまだ整備途中で、特にセキュリティに問題があり、安全を得るのにコストがかかった。それに比べればシンガポール・ジュロン保税地区では警備コストを負担しなくて済む。それに、居住環境は抜群に良い。 一つだけ残念なのは、シンガポールは産業国家で農業国家ではない事だった。しかし、シンガポールでやれば肥料以外の商売もできると判断。結果的には地元に若干の工業用需要もあり、比較的順調にプロジェクトはすべり出すことができた。
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