海外便り 2004年7月 メニューへ |
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| 「ウイーン・第3の掟」 男と女の東西関係 | |
今は昔。ベルリンの壁か崩壊する前。当然のことながら、東欧国籍の人々はEUパスポートを保持していなかった。その当時、EU諸国は各国政府の判断で、自由に入国を規制できた。フランスで爆弾テロ騒ぎがあった最中、フランス大使館前でフランス入国ビザを拒否された東欧の女性を見た。顔見知りの女性だった。とは言ってもカフェで働いているウエイトレスで、私は注文する時にだけ彼女と会話を交わす程度。彼女は家族がバカンスでフランスにいるのに、自分はビザが出ない為、夫と家族(EU国籍?)のもとに行けなかった。日本人の私は、もちろんEU国籍ではないが、特別のコネがあって難なくビザを取得できたが、彼女は門前払いをくわされていた。それだけではなく、彼女はひどく怯えていた。このような境遇の人を見ると、オーソン・ウエルズの名画「第3の男」に出てくる複雑な事情の人々を思い出す。 映画「第3の男」では、連合軍占領下のウイーンで、東西の狭間で翻弄される東欧の人々の心情が良く描き出されていた。その中の言葉。 「もし死が二人を分かつなら、両者はいつか合間見える事はある。しかし、土地が二人を分かつなら、両者は合間見えることはない」 愛しあっている同士なら、いずれは天国で再会できようが、政治的に分断された土地にそれぞれ暮らす二人には、再会はありえない、という意味なのである。ヨーロッパを東西に分断していた壁が崩壊した今となっては、そのような悲劇は起こらないだろうが、壁がもたらした心の傷は癒えるのに時間がかかるだろう。特にそれが男女の間にある「心の壁」が絡むと事情は余計複雑になりそうだ。冷戦の頃、東側から壁を越えて、西側に亡命した人にとっては、命と引き換えに自由を手にしたか?決してそ |
うではない。家族と別れ、恋人と離れ離れとなり、いつ強制送還されるかという恐怖と孤独な生活を長く強いられたに違いない。その中で、闇の世界にのめり込んでいく人々も数多くいただろう。その悪夢から覚めたとしても、光輝く場所にはすぐには出られない。それが映画「第3の男」のテーマだった。暗い墓地を孤独な女性が去って行くラストシーンは印象的だった。 さて、オーストリアの国境線は、東側に張り出した独特な形をしている。ウイーンからあまり離れていない距離に東欧諸国が存在するので、冷戦時、東欧諸国に動乱が起きると、ウイーンには、それがひしひしと伝わって来た。しばらくは、永世中立国として、東西の架け橋にならんとしたが、1995年に中立国を返上、欧州連合(EU)に加盟した。 さて今後のオーストリアの政治的立場は微妙となる。旧中立国の掟に従い、もめごとの外にいるか、EUの中に埋没して西欧の掟に従うか、あるいは、最近オーストリアが提唱する「中欧」という概念で、旧東側諸国(歴史的にはハプスブルグ家の旧オーストリア帝国域内)を抱き込んで第3の掟を取るかは、これからの課題である。 |
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