ニューロング  

第5話
海外便り 2003年12月 メニューへ
「ベネチアの憂鬱」 観光国家の光と影

 観光地に住むものではないと言うが、まさにベネチアは観光に行くところであって、住むのに良い所ではない。物価は高い、街はいつも混んでいる、車にも乗れない、オマケに街自体が地盤沈下で海に沈みつつある。ここでの生活は大変だ。最近亡くなったキャサリン・ヘップバーンの映画「旅愁」に出てくるように、ベネチア人は、他人の夢まで、お金で売りつけなければ暮らしていけない。でも、最後に彼女が、自分を騙した男を許してしまうように、観光客を貴婦人として扱ってくれるベネチアはいつも光輝いている。「アドリア海の貴婦人」とは、ベネチアの別な呼び方である。

 遠い昔、新婚旅行でベネチアへ行った。映画「旅愁」に出てくる順番どおり、市内を観光して、ガラス細工で有名なムラノ島に行った。ホテル専用のモーターボートが無料で送ってくれると言うので支配人について行った。ホテルの地下室が駐車場ならぬ船着場になっていて、そこから専用ボートが出発する。暗い船着場からボートが外へ出ると、アドリア海の太陽が燦燦と降り注ぎ眩しかった。その眩しさに幻惑されて、私らのような貧乏人でも、ついつい分不相応な買い物をしてしまう。ムラノ島でシャンパングラスを買った。それにシャンパンを注いだのは、今まで1回しかない。そんな実用には不要なものでも、たとえ偽物だとしても、ペネチアでの思い出は、「愛?!!!」の形として、まだ壊れずに家にある。それが観光地の光なのかもしれない。

 

 さて、地盤沈下で海に沈んでいくベネチア同様、ヨーロッパも政治的、経済的位置は沈下の傾向にある。イラク戦争であれだけアメリカに圧力をかけていながら、戦争を止められなかったばかりか、アメリカから「老人」呼ばわれされた。EUは発足し、ユーロが流通し始めても、まだ元気がない。高い税金、消費税、崩壊しかけている年金制度。税金は所得の半分、消費税は2割弱、年金を維持するのに財源をすでに食い尽くしたといった感じである。それにもまして、EU自体が、過去の富にしがみついて年金生活をしているようなものだ。しかし、観光地に人が押し寄せてくる以上、表通りは絶えずゴミを拾い、きれいにしていなければならず、それがまた税金が上がる原因にもなっている。観光地の影で、「老人」はつましく地味に生活するしかない。これが、観光国家の光と影である。

 かつてベネチアがヨーロッパで全ての富を独占したように、ヨーロッパも世界全体から見れば世界の富を独占しようとした時代があった。その富は貴重な文化財となり、それを目当てに観光客がお金を落としにやって来る。ヨーロッパ全体、今や観光地のようなものである。「観光地に住むものではない」と人は言う。しかし、そこで生まれ育った者は、どこへ行けば良いと言うのか?

 「東方見聞録」で有名なマルコポーロ。ベネチアの憂鬱をバネにして偉業の成し遂げた人物である。流転の人生を歩み、故郷ベネチアに帰る事を絶えず夢見ていた。マルコポーロの末裔たちも、今、ベネチアの憂鬱から、世界各地へ飛び出し、流転の旅を続けているのだろうか?





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